2020年4月12日日曜日

恋愛バガヴァット・ギーター講座〜怒り〜

恋人とだったり、
夫婦でも親子でも、友達とでも
怒ったり、怒られたり、
いっぱい喧嘩たりもしちゃって、
いやになっちゃうよね。

バガヴァット・ギーターではその仕組について
こう説明されています。

献身奉仕が重要だって◎


2.62 


dhyāyato viṣayān puṁsaḥ

saṅgas teṣūpajāyate

saṅgāt sañjāyate kāmaḥ

kāmāt krodho 'bhijāyate


ひとは感覚の対象について考えていると
だんだんと執着していくようになり、
その執着は欲望となり、
欲望から怒りが生まれる


感覚は対象とじかに接触することを激しく求めるため、
主なる神への献身奉仕をしていない人々は
必ず物質主義になって、物を追い求めるようになります。

この物質世界において、天国の神々は言うまでもなく、
かの偉大な主シヴァや主ブラフマーに至るまで、
感覚の対象に支配されています。

この物質現象のわなから脱出するには、
クリシュナ意識になるほかありません。

主の誠実な献身者は、主との関わりによって
すばらしい精神的喜びを味わうので、
だんだんと肉体的な快感を嫌悪するようになる。

これが成功の秘訣。

クリシュナ意識に入ってないひとは、たとえどんなに意思が強くとも、
どんな方法で人為的抑圧をしても、
感覚の欲望にまけてしまいます。

なぜなら、感覚の快楽のことがちらっと心をよぎるだけで、
感覚を満たそうという衝動にかられるから。



2.63

krodhād bhavati sammohaḥ

sammohāt smṛti-vibhramaḥ

smṛti-bhraṁśād buddhi-nāśo

buddhi-nāśāt praṇaśyati

怒りから完全な妄想が生まれ
妄想にとって記憶が混乱する。
記憶が混乱すると、知性を失う、
そして知性を失うとひとは
再び物質のプールに落下する。

マーヤヴァーディーにとって、「主」、つまり「絶対者」は人物でないから、
物を食べるなどということはしないと考えています。
故に、食べ物の誘惑を避けようとして、美味しいもの、
栄養の豊富なものを食べようとしません。

ところが献身者は、クリシュナが、「最高に楽しむ者」で、
愛を込めてお供えしたものは何でも喜んで召し上がることを知っているので、
主に美味しいものを供えて、そのお下がりを喜んでいただきます。

この、ヴィシュヌに供えた食べ物をプラサーダムといいます。
このように、すべてのものは精神化されるので、
物質のプールに落ちる危険がありません。

マーヤヴァーディーたちは、人生を楽しむことができません。
不自然な禁欲をしているので、ちょっとした誘惑にも負けやすく、
いつも堕落の危険と隣合わせに生きています。

そうした種類の魂たちは、やっとの思いで解脱しても、
「献身奉仕」の支えがないので、また堕ちてしまうのです。


なる〜。


2020年3月8日日曜日

SB 8.6.12

牛さんについてのクラスでした。
わたしも一時期ミルク飲んでない時期があったけど、
クリシュナコンシャスネスで生きるようになってからまた復活してます。
できたら、大切に育てられているうしさんのミルクをファームから直接買いたいね。


牝牛の乳房を刺激することで甘露のようなミルクを得られます。
ミルクは甘露に例えられ、飲めば不死身になることができます。
もちろんただミルクを飲むだけで不死身になれるわけではありませんが、
寿命を延ばすことができます。

近代文明では人はミルクを重要なものだと考えず、だから人は短命なのです。
この時代のひとは100才まで生きることができますが、あまり大量にはミルクを飲まないため、寿命が短くなってきています。これがカリ・ユガの兆候です。

カリ・ユガではミルクを飲む代わりに、動物を殺してその肉を食べる方が好まれます。
至高人格神は『バガヴァッド・ギーター』の中で、牛の保護を意味するゴー・ラクシャを勧めておられます。

牛は保護されなくてはならず、絞ったミルクは様々な方法に利用すべきです。
たくさんミルクを飲んで寿命を延ばし、頭脳を活性化し、献身奉仕をして、
最終的に至高人格神の御好意を獲得するのです。

地面を掘って穀物や水を得ることが重要であるように、
牛を保護してその乳房から甘露のようなミルクを得ることも欠くことのできないことです。

この時代の人々は快適な暮らしのために産業を拡大しがちですが、神のもとへ帰るという人生の究極的目標を達成させてくれる献身奉仕への努力は拒みます。

不運なことに、
na te viduḥ svārtha-gatiṁ hi viṣṇuṁ durāśayā ye bahir-artha-māninaḥ.
と言われているように、精神的教育の施されていない人々は、神のもとへ帰ることが人生の最終目標だということがわかっていないのです。

この人生の目的を忘れ、人は失望と欲求不満を抱えながら必死で働いています(moghāśā mogha-karmāṇo mogha jñānā vicetasaḥ)。

いわゆるヴァイシャ ─ 実業家やビジネスマン ─ は、大きな事業を企てはしますが、穀物やミルクに関心を示しません。しかしここで述べられているように、砂漠であっても地面を掘り起こせば水を得られますし、穀物も育てられます。

穀物や野菜を作れば牛を保護することもできます。牛を保護しておけば大量のミルクを得られますし、十分なミルクを得て穀物や野菜と合わせれば、何百種類もの美味しい食べ物を作ることができます。この食べ物を満喫することによって、事業や失業を避けることができるのです。

harer nāma harer nāma
 harer nāmaiva kevalam
kalau nāsty eva nāsty eva
 nāsty eva gatir anyathā

「闘争と偽善のこの時代で、解放を得る方法はただひとつ。主の聖なる御名を唱えること。その他に道はない。その他に道はない。その他に道はない」

2020年1月27日月曜日

Srimad Bhagavatam Canto 8 Chapter 4 17-24 & 25


śrī-bhagavān uvāca

ye māṁ tvāṁ ca saraś cedaṁ
giri-kandara-kānanam
vetra-kīcaka-veṇūnāṁ
gulmāni sura-pādapān
śṛṅgāṇīmāni dhiṣṇyāni
brahmaṇo me śivasya ca
kṣīrodaṁ me priyaṁ dhāma
śveta-dvīpaṁ ca bhāsvaram
śrīvatsaṁ kaustubhaṁ mālāṁ
gadāṁ kaumodakīṁ mama
sudarśanaṁ pāñcajanyaṁ
suparṇaṁ patageśvaram
śeṣaṁ ca mat-kalāṁ sūkṣmāṁ
śriyaṁ devīṁ mad-āśrayām
brahmāṇaṁ nāradam ṛṣiṁ
bhavaṁ prahrādam eva ca
matsya-kūrma-varāhādyair
avatāraiḥ kṛtāni me
karmāṇy ananta-puṇyāni
sūryaṁ somaṁ hutāśanam
praṇavaṁ satyam avyaktaṁ
go-viprān dharmam avyayam
dākṣāyaṇīr dharma-patnīḥ
soma-kaśyapayor api
gaṅgāṁ sarasvatīṁ nandāṁ
kālindīṁ sita-vāraṇam
dhruvaṁ brahma-ṛṣīn sapta
puṇya-ślokāṁś ca mānavān
utthāyāpara-rātrānte
prayatāḥ susamāhitāḥ
smaranti mama rūpāṇi
mucyante te ’ṁhaso ’khilāt

(翻訳)
至高人格神はおっしゃった:
わたしの姿、あなたの姿、
この湖、この山、洞窟、庭、
さとうきびの苗、竹の苗、
天界の木

わたしと主ブラフマーと主シヴァの住む場所、
金と銀と鉄でできたトリクータ山の三つの頂、
わたしのお気に入りの住居(ミルクの海)、
精神的な光で常に輝いている白い島、シュヴェータドヴィーパ

わたしのシュリーヴァツァのしるし、
カウツバ宝石、
わたしのヴァイジャヤンティーの花飾り、
わたしのこん棒カウモーダキー、
わたしのスダルシャナチャクラとパーンチャジャニャほら貝、
わたしを運ぶ鳥の王ガルダ

わたしのベッドであるシェーシャ·ナーガ、
わたしのエネルギーの拡張体である幸運の女神、
主ブラフマー、ナーラダ·ムニ、主シヴァ、そしてプラフラーダも、

マツヤやクールマやヴァラーハなどのわたしの拡張体、
聴く者を敬虔にするわたしの無限の完全に吉兆な活動、
太陽の神、月の神、火の神、

オームカーラのマントラ、
絶対真理、全物質エネルギー、
牝牛とブラーフマナたち、
永遠の献身奉仕、
ダクシャ王の娘である誠実なソーマ(月の神)や偉大な聖人カシャパの妻たちも、

ガンジス河、サラスヴァティー河、ナンダー河、ヤムナー河(カーリンディー)、
象のアイラーヴァタ、ドゥルヴァ·マハーラージ、7人のリシたち、敬虔な人間たち 

夜の終わりに起き
大きな注意を払ってわたしのこのような姿に
心を集中して思い起こす者は、
あらゆる罪の反動から救出されている


ye māṁ stuvanty anenāṅga
pratibudhya niśātyaye
teṣāṁ prāṇātyaye cāhaṁ
dadāmi vipulāṁ gatim

わたしの愛しい献身者たちよ、夜の終わりにベッドから起き上がり、
わたしに祈りを捧げるものは、精神界に永遠の住まいをあなたの人生の終わりに与えよう。

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そういうことか。
瞑想・メディテーションの本当のやり方がやっとわかった!



2020年1月11日土曜日

2020年 いちがつ

最近のクリシュナ雅李さんは、もうすぐ9ヶ月
上手に手を叩けるようになった
ちょっとだけ立てるようになった
ゲゲーって言うようになった

昨日はお寺で朝のアラティー中に
抱っこが疲れたのでリリースしてみたら
ムリダンガのところへハイハイしていった

子供用のムリダンガを渡してみたら
一緒に叩いてた 感動したよ
8ヶ月でそんなによくわかるんだね


今、次に住む家を探してる
ディーボーティーの不動産屋さんがいたので
彼女のお家にミーティングしに行った
最後には夕飯までごちそうになってしまった

彼女はムンバイ出身のディーボーティー
インドの方ってほんといつも暖かくもてなしてくれて
いつだって感動&学ばせてもらってます

ご飯用意してもらうことが
なかなか少なくなっているので
とっても嬉しかった

でもきょうになって
わたしはまだ奉仕されたいなんて
まだまだ図々しい質が残ってるな
とおもった

どんなお家に住むことになるかな!


2019年12月2日月曜日

ジャヤパタカ・スワミ・マハラージ

昨日はアラチュアのテンプルで Festival of Holy Name という
年に一度のキールタンフェスティバルだった。

デーヴァはたいてい大型連休は稼ぎ時なので仕事。
ベイビーもまだ小ちゃいし、ネットで見れるからいっか、
と思ってたら急遽参加できることになった。

お寺に行くときに必ずドレスアップするのが好き。
クリシュナに素敵な姿で会いに行くのがルールだから❥

うちからテンプルは一時間ちょっと〜30分、ちょっと遠い。
ついたら、駐車場はいっぱいだった。

いっぱいのディボーティー!

ジャヤパタカ・スワミ・マハラージも参加するとのこと。
マヤプールでは会う機会がやっぱりたくさんあった。
今回は、どうしても会いたかった。
クリシュナ雅李にMercyをいただきたかった。

キールタン会場を抜けて、テンプルルームでダルシャンをとっていたら
ジャヤパタカ・スワミが車椅子でたくさんのお弟子さんたちと
現れた。

見ただけでこころに振動が走った。
圧倒的な存在感。
きっと会っただけで浄化しちゃうんだろうな。。

なんだか酔っ払ったようなふわふわとした気持ちになって
マハラージがキールタン会場へ移動するというので
わたしたちも移動した。

いつもマヤプールのハリナマで歌われていたメロディーを
バダ・ハリダス・プラブがリードしている。

マイマイのことはデーヴァが抱っこしてくれたので
マハマントラに集中できた。

やっぱり大勢のディボーティーとキールタンするの
楽しすぎる!!

そしてジャヤパタカ・スワミが会場に現れた。
(途中どこいってたんだろ?)
一気に空気がマヤプールになった。

マヤプールはジャヤパタカ・マハラージのムードなんだ。
そういうことか!
だけどいつも一緒に踊ってたともだちはどこ?!

久しぶりに体感するディボーティーたちの熱気
嬉しい気持ちと寂しい気持ちがいっぺんに来た。
マハプラブ、やっぱり早くマヤプールに帰りたいよ。

でもさ、私がインド以外のお寺の様子もみてみたいよってお願いしたんだもんね。

もう少しここで頑張ろう。
ともだちもできますように。

マイマイはデーヴァのいいかんじにグイグイ前に行ける性格のおかげで
ジャヤパタカ・マハラージの魔法のステッキで
頭トントンしてもらえた。

やったね!
なんてラッキーなあかちゃん。

寝るの1時になっちゃったけど、
とっても素敵な夜だった。




2019年11月25日月曜日

友だち

クリシュナ雅李は早くも7ヶ月になって
ハイハイをマスターした
掴まれるところはどこでも掴まって立つ

まだ動けない時はひまでよく写真を撮ってたけど
いまは動きまくるから写真撮る機会も減った

インスタも更新しなくなっちゃったなぁとおもって
ひさしぶりにインスタライブをしてみたら
マヤプールから一緒に南インドを二ヶ月ほど旅をして
一時わたしの部屋に住んでいたロシア人のシャマが参加してくれた

シャマだー!
わたしが日本に一時帰国してる間に
ヴリンダーヴァンにいって
それから会えずにいた

コンタクトしてくれて
本当に嬉しかった

その二ヶ月はすごく過酷で
わたしもまだバクティーヨーガをはじめたばっかりで
はじめてなことが多かったし
人見知りもしてた

電車を3日ぐらい乗り続けて
お寺からお寺へとチームで巡った
たくさんたくさん炎天下の中ラタヤトラに参加して
ステージで歌って
キールタンをして
ハリナマをした

いまの私の基盤を作った二ヶ月
あんなにずっと一緒にいたのに
いまやロシアとアメリカだね

次会えるのはいつなんだろう?

友だちってさ、何かを一生懸命一緒にしたひとのことだね

いまはおうちにいるだけだから
友だちはできない

時差もあるから
コンタクトするの
気をつかっちゃう

世界中には友だちいっぱいいるはずなのになー

神さま、
いつもお願いだらけですが
来年は一緒にバクティーを深められる
友だちが近所にください*

もしくははやくマヤプールに戻してください!





テレビに一緒にでたとき



ジャヤパタカマハラージと一緒にケララのテンプルがオープンセレモニーにでたとき


2019年10月14日月曜日

カルティックとあたらしい名前

カルティックの季節になった
今日から毎日ダモーダラシュタカのうたとランプをクリシュナに捧げる
なにかふだんよりプラスアルファなことをする

決めたことをできないのって
ただ感覚に流されてるだけだよね
だって24時間もあるんだもん
できないわけがない
でも日々わりと必死だったりするので
じぶんのことが少し信用できないけど
できる、できる、といいきかせよう
感覚に持っていかれないようにがんばろうっと



最近はベイビーとたわむれながら音源を掘ってる
やっぱりわたしDJすき


ところで今年の6月にH.H. Kavicandra Swami Maharajiから入門を授かてもらい
Caitanya Dasiというスピリチュアルネームを頂きました

何度かグルのテストに落ちて、、
いろいろわからなくなったけど
クリシュナ雅李を出産してから
一日も早く入門したいとおもった

強い思いが芽生えた
クリシュナはちゃんとわかってて
マハラージが割と近くのテンプルまで来てくれる運びになって
ぴょんぴょんぴょんと入門の儀式をしてもらえることになった

どんな名前になるのか
前はいっつも妄想してた
気に入らない名前だったらどうしようとか
まだ”Chie”って名前がすきだなとか
こんな状態じゃ入門なんてまだ早い
っていまならわかる

そんなのもどうでもよくなって
母となるうえでスピリチュアルライフをもっと強めていきたいという気持ち
が高まった
だってクリシュナ雅李は絶対にディボーティーだから
今回でリナウンスするって思って生まれてくるから
私しっかりしなくちゃね

マハラージに久しぶりにあってちょっと緊張した
「君の名前はすでにほぼCaitanyaだよね」
なんてフライイング気味に新しい名前のヒントを与えられて
(そこ!ぜんぜん自分で気がついてなかったー!!)

ラタヤトラのあとに入門の儀式をしてもらった
Caitanyaのあとになにかつくのかなと思ったら
シンプルにCaitanya Dasiという名前をいただいた

Caitanyaとは今から550年前、日本では戦国時代のころに
マヤプールに降誕した神様の名前
キールタンの第一人者
Dasiとは〜のサーヴァントって意味

嬉しい
これ以上の名前はないや


スピリチュアルライフこれからも深めていきます









2019年8月12日月曜日

八月十二日

2日くらいぼーっとしたい
やっぱりサポートなしの子育ては大変

一週間のベビーとのLAトリップはやりすぎだったのかな?
なんてヘトヘトになりながら思ってたら
一年ぶりの月経だった

ママにもたまに手を抜きなさいと言われたけど
散らかった部屋にいるのはさらにストレスなので
わたしの手抜きは布おむつを使い捨てにすることくらい、、

あとは自分が作ったものを冷凍して
それを食べる分には彼(だんな)てきにはオッケー
みたいなので
ストックを作るようになった
これはたすかる!

色々ストイックなこといってくるわりには
トイレのドアは閉めないし
ムーチー(unclean)な状態で
ディーティー(御神像)の前に現れたりするし
もしかしてわたしのほうがストイック??
と最近おもう

なぜにボガ(食べ物)において
そこまでストイックなのか?
相当鍛えられています


最近は、自分が食べたいと思ったときに捧げるのは
なんてエゴ!とおもうようになって
この行動をやめた

料理にももっともっとこころをこめて
作れるようになったら
もっともっと美味しくなるんだろうな

こころをこめてうたうのは簡単だけど
こころをこめて料理するってむずかしいな

あとこうやってわるぐち(?)

事実を述べてるだけだけど
これはオフェンス行為で
日々のチャンティングのテイストをなくすので
やめないと、、(苦)




Lokanath Swami MaharajにBlessingを頂いた。
インドにいた頃にマハラージと一緒にステージに
たったりしたことがあるけど
いつもピリッとしたムードだったから
お話できなくって
今回は祝福をどうしてももらいたくて
勇気をだしてみた
すっごくニコニコしてくれて
うれしかったー!
どうやらアメリカではゆるいムードらしい

マハラージのキールタンは相変わらず最高で
これって、モラレス好きとかティミー好きとか
DJ NORIさん好きとかそういうのに一緒だな

2019年4月30日火曜日

生活の変化

4月14日に長女、クリシュナ雅李 ラーデスンダリをフロリダで出産しました。

母になりました。まだ不思議。

バクティーヨーガライフスタイルでは、結婚前のセックスは禁止されていて、
当然、セックスをするときは子供を作るときだけ、とされています。

出産を経験してよく意味がわかった。

妊娠中も出産も出産後も辛い。
ずっと痛い。
痛すぎる。

いつこの痛みから解放されるのだろうか?
とおもう

逃げられない痛み。

でも、もう一人子供が欲しい
痛みを乗り越えてでも、クリシュナ雅李のきょうだいが欲しいと
そのうち思うのだろうか?

今は、全く思えない。
だって辛いんだもん。

アメリカでは、痛みどめをほぼみんな使うらしい。
日本でも? 世界中??

痛いのが大嫌いなくせに
痛みを経験したかった私。

ヴァジャイナがたくさん切れたらしくて
いっぱい縫った。

痛すぎてヴァジャイナとかお尻の穴とか
について話のが恥ずかしくなくなった。

だってちゃんと伝えないと
この痛み、伝わらないからね
男性には。

マイ・アース・ホール・ハーティン・ミー
っていうと怒られるw

だから、マイ・バッ・ホール・ハーティン・ミー
っていう

でもお尻の穴が痛いんじゃなくて
ヴァジャイナのお尻に近いところが痛いのだけかも

今でも薬が切れると痛い。
ドラッグ中毒ww

早く治らないかな。

おっぱいも最初めちゃ張って痛すぎた。
痛くて泣いた。

おっぱいがあんまり出てなくて
このことで喧嘩にもなった。

でも普通のことらしい。

だって、初めてなんだもん、母ちゃんになるの
わかんないよ。

今日で産まれて15日。

ちっちゃくってとっても可愛い。
私を必要としてくれてありがとう。
父ちゃんは嫉妬してるよ。
もっと必要とされたいって。

これからどんな風になっていくのかな。



2018年7月31日火曜日

新婚ゆえに、、

かれが間違っていたとしても
それを指摘しちゃダメってジャソーダ姐さんに教えてもらった
指摘しないでどんと構えてればかれは自分で理解するから
いつもかれのチームメイトであることを態度で示すのよって

理解しても、実行できるのとはまた話は違う

エラーを散々繰り返しながら
超仲良しな日々と一言も喋りたくない日々を過ごす

自分の好みや趣向と違っても納得してなくても
かれが喜ぶことをすると
かれは本当に喜んで優しくなる


クリシュナもそっちのわたしの方が好きなはず
あーでも「わたしちゃんエゴが暴れる

だんだんとこの人は厳しい人だって思い込んで

もういいやーって諦めたら
ニューヨーク行こうって言ってくれた

帰り際に「ちょっとーこのお店寄りたいんですー」
って言ったら、さっと止まって行かせてくれた

ずっと素敵な帽子を探していて
ちょうど私の好きなお店がそこにあったので
ちょっと高かったけど

購入することにした

そしたらかれもお店にきて
別の帽子を買ってくれた


そういうことちゃんとできるんだね

まだまだかれの注文に108%答えられないけど
そのうちできるようになるから
首を長くして待っててね




Union Squareでキールタンさせてもらったとき♪

Aloha!

またここに戻ってきた。 3年ぶりだ。 2024年、バンドのライブやったよ。 今住んでるアラチュアの New Ramanti Templeの敷地内でやった、Eco Farm Festivalで。 メンバーは ベースがGene、ギターがTim Cohen(108)とVishvanba...